泰日工業大学 ものづくりの教育現場から

第106回 『ホズミ・スピリットの現代的意義』

タイでのものづくり教育を進める泰日工業大学(TNI)の例をもとに、中核産業人材の採用・育成について検討します。TNIキャンパスのやや真ん中のB棟とE棟の間に2人の創設貢献者のブロンズ像があります。2012年7月に建てられ、TNI幹部が広く後進に伝えたいということで、穂積五一氏(左)とソンマーイ・フントラクーン氏(右)を顕彰しています。

ソンマーイ氏は、慶応義塾大学出身・元日本留学生のリーダー・元大蔵大臣でタイ人学生に説明しやすく分かりやすいのですが、穂積五一(ホヅミ ゴイチ)氏はやや難しく、簡単には社会改革者・社会教育者と紹介させていただきます。来年は同氏の生誕120年ということで、TNI及び親機関のTPA、さらにその親機関のABK-AOTSタイ同窓会が行事を計画しています。特に『ホズミ・スピリット』は、タイやアジア諸国で高く評価される経済協力・産業人材育成支援の基本になっており、日本人や日系企業の方にもぜひ再認識していただきたく、ここにご紹介します。
筆者:吉原秀男(Yoshihara Hideo)泰日工業大学(TNI)学長顧問

1. 穂積五一氏を知るキーワード
●同氏は、79年(1902-1981)の生涯で、筆者はおよそ10年指導を受けたのですが、3つの公的な組織=ASCA(アジア学生文化協会)、AOTS(海外技術者研修協会→現・海外産業人材育成協会)、JTECS(日・タイ経済協力協会)の初代理事長でした。私はAOTS勤務時代、途上国から技術や経営管理の勉強に来られた社会人の研修コース担当をしていて、同氏が冒頭に日本の社会や政治について、また日本人について話し、参加者にインスピレーションを与える一方、共感を得ていたことを思い出します。振り返って次の5つを学びました。
①途上国の経済自立と技術移転に貢献すること、
②日本はアジアの人に戦争で迷惑をかけ、償いをすべき、
③博愛=天を敬い、人を愛し、個々人に誠実に対応する、
④相手(の立場)を理解して行動する、
⑤一燈やがて万燈(同氏が各国同窓会代表者に贈った言葉:1つの灯りを照らす努力が、全世界を明るくすることになる)。
●同氏は、第2次世界大戦前は社会改革者として、大戦後は日本人や世界の人の教育者として知られます。社会運動と学生寮主宰を通じて、特に日本の政界・官界・ビジネス界・教育界に数多くのリーダーを育て、世界の2万人ぐらいのお世話をしました。
●子供のころ肋膜の病気と仏教=禅修行で、命の大切さ、自然のサイクルの大切さ、人生の悟りを開きました。
●大学の憲法学者の下で社会改革運動を始め、2-30人の学生寮を主宰して理想社会を目指す人材育成に努力しました。

2. どんな人だったか?
普段は和服を着ていて、静かで礼儀正しく、どんな人に対しても誠実に応対し、意見を聞いてくれる人でした。でも、例えば、人を軽蔑したり差別したりすることには断固として反対し行動を起こし、日本政府やビジネス界も海外の人にどう対応してよいか困ったとき、同氏に相談してAOTSを、またタイの反日運動で困っているときは、TPA(泰日経済技術振興協会)とJTECSを作りました。

3. なぜアジア(途上国)の学生と研修生をお世話し、助けたのか?
子供時代、母親から虐げられた人を差別するのは良くないと教わり、特に学生時代から中国・朝鮮などの独立運動に携わる人を助けて来ました。理想は、各国の人が尊敬し合って平等な博愛社会をつくるべきと考え、アジアや発展途上国の独立を支援し、行動しました。

4. 安倍晋三元日本首相は、TNIに何回訪れたか?その家族も関係したと聞くが?
TNIに数回来られています。安倍前首相が最初に首相になった時は、ちょうどTNIの開学の時で、体調の問題もあり、森前首相をTNIに派遣され、扁額用の「泰日工業大学」揮毫を寄贈しました。2度目に首相になった2013年1月には、タイ政府などの訪問より先にTNIを訪問しました。
安倍首相の祖父の岸信介元首相と穂積五一氏は同じ大学の憲法学者で社会運動を始めた共通の恩師がいます。ASCAができた当時、岸さんは首相で、自分の代わりに子供の安倍晋太郎氏(のちの通産・外務大臣)を理事にさせました。それで、父の安倍元大臣夫妻も、安倍前首相の奥さんも、TPAやTNIを訪問して、支援してくれています。

5. ホズミ・スピリットとは何か?
特に、タイ国での産業人材育成支援の基本原則になり、アジア諸国からも高く評価されている考え方と行動ですが、①相手国民の主体性を常に尊重する、②金は出しても口は出さない、③タイのためと言いながら、自ら(日本)を利することが主目的になっていないか常に反省する、というものです。その考えは今日まで貫かれていて、TNIキャンパスにブロンズ像が設置される理由になっています。

2021年9月1日掲載

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