タイ企業動向
第23回タイでも進むIoTの動き
製造の現場だけでなく、暮らしや医療、教育などあらゆる場面においてモノがインターネットに接続される「モノのインターネット(IoT=Interner of Things)」。次世代のデジタル社会を牽引すると期待されるこの技術がタイでも今、急速に広がっている。政府も産業の高度化策「タイランド4.0」に欠かすことのできないハイテク技術として、東部チョンブリ県に「デジタル・パーク」を開設するなど全面的な支援を行っていく考えだ。IoTが私たちの暮らしや社会をどう変えていくのか。その今を追った。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)
バンコクから南東に約100キロ。海辺の街チョンブリ県シーラーチャーは、今、久しぶりの明るいニュースに期待を膨らましている。内陸部に広がる工業団地群のかつての玄関口も、自動車不況に端を発した経済の低迷で、このところはすっかり陰の薄い存在に。需要を見越して建てられたコンドミニアムでは空き室が目立ち、鳴り物入りでオープンした商業施設からはテナントの撤退が相次ぐなど、何かと冴えない話ばかりが続いていた。
それだけに、プラユット現政権が勧めるハイテク・IT向け工業団地「デジタル・パーク・タイランド」構想は現地でも華やかに映り、寄せられる期待は大きい。2000~2010年前後にあった工場の進出ラッシュに続く二度目の春の行方を固唾を飲んで見守っている。
同構想は、シーラーチャーにある約120ヘクタールの敷地に、民間企業を誘致して官民共同で技術革新の研究を進めるイノベーションエリア、IT技術者を養成するため教育エリア、企業や研究施設の人々が暮らす住居エリアの3区画を新設し、ハイテク・IT向け工業団地として運営するというもの。タイランド4.0の推進によって経済成長を持続させたいタイ政府にとってのいわば「一丁目一番地」の施策と言える。その中核をIoTが担おうとしている。
事務局が置かれているデジタル経済社会省デジタル経済振興機関(DEPA)では、すでに国内外の大手通信会社約30社との間で施設運営に向けた覚書(MOU)を締結。タイの通信大手各社のほか日本からはNTTコミュニケーションズが参加を表明しており、世界最大の通信市場を持つ中国からも大手企業の中国聯合通信が参画することになっている。
新工業団地への入居は工事の進捗に照らし段階的に進めていく方針で、全ての施設が完工する2021年末にはフルオープンする計画でいる。総投資額は少なく見積もっても300億バーツ以上。専用のIoT棟(仮称)だけで10億バーツを投じることにしている。
政府はビッグデータ事業やスタートアップ事業なども合わせて推進していく考えだが、中でもIoT事業にひときわ重きを置く。というのも、それだけこの分野での成長性が見込めるからだ。タイ国家放送通信委員会(NBTC)の試算によると、国内におけるIoT関連支出総額は向こう3年間で340億バーツ規模に急増すると見込まれる。「この先数年で、タイの通信市場は様変わりする」(事務局)と読む。
このためNBTCでは、IoTのサービス事業者に向けた専用の電波の確保を優先し、920~925メガヘルツ(MHz)帯域の電波を割り当てる方針をこのほど固めた。安定的で確実な割り当てが行われることで、IoT技術やゲートウェー機器も遅滞なく普及するとみている。
こうした動きに企業各社も敏感に反応している。丸紅はタイで実績を持つ火力発電所の事業でIoT技術を取り入れていくことを決めた。タイ発電公社(EGAT)とIoTソリューション導入にかかるMOUを締結。新技術を取り入れた発電所の建設のほか、燃焼効率の向上やトラブルの予兆検知などに役立てるとしている。これまでの受注実績はタイ国内だけで計6件、総出力は475万kW余を記録する。
手始めに、北部ラムパーン県メーモ郡で稼働中のメーモ石炭火力発電所で導入を進める考えだ。隣接するメーモ炭田はその多くが水分や不純物を含んだ褐炭(リグナイト)で、燃料としてのエネルギー効率は必ずしも高くない。露天掘りで採掘した褐炭をそのまま発電に使用できることから利用が行われてきたが、効率の低さが悩みの種だった。
ここにIoTの技術を導入、燃焼等に関わる温度や水分といったデータを集積し、最適な状況下での発電を行うというのがその骨子だ。不純物が多ければ故障やトラブルも多くなるので、予兆検知としての活用にもつながる。稼働率の向上で環境負荷の軽減にも資するとしている。
パナソニックグループ傘下で業務用冷蔵庫などを販売するサンヨーSMI(タイランド)も、IoTを事業拡大の切り札とみる。IoTを導入した冷蔵ショーケースを開発。ケース内の温度状況などをセンサーが常時監視し、異常を感知するとサービスマンが駆けつける仕組みを構築した。すでにイオンがタイ国内で展開する「マックスバリュ」などで納品実績を持つ。小売店や倉庫業などにも販路を広げていく考えだ。
このほか変わったところでは、タイのベンチャー企業がIoT技術を活用して開発した子供向けスマートウォッチ「POMO」がタイやマレーシアのほか、欧米日などの市場で静かなヒットとなっている。居場所や心拍数などの健康状態の安全確認はもとより、スケジュール管理を自ら行えるようになるほか、お洒落にベルトを交換できることで自主性、創造性の育成にも効果が広がるという。
IoTの普及に伴い不足が懸念されるIT技術者の育成にも関心が高まっている。日立製作所は政府が開発を進める東部経済回廊(EEC)域内に技術拠点の設置を決め、技術者養成に乗り出す。同社のIoTプラットフォームLumada(ルマーダ)を活用、新市場の獲得を狙う。(つづく)