タイ企業動向

第12回 コーラートに見るタイ百貨店戦争

    世界有数の国際都市バンコク。高架鉄道BTSの沿線には世界各地の高級ブランド品を取り揃えたいくつもの高級百貨店(デパート)が立ち並び、「ここは東京?ニューヨーク?」といった錯覚さえ覚えてしまうほど。長期的に見れば今なお消費は貪欲、顧客獲得競争は激しさを増し、あの手この手を使って客の関心を買おうしている。こうした中、タイ最大級の人口を擁する東北部イサン地方で、地場の老舗店舗をも巻き込んだ大がかりな「百貨店戦争」が起こっているのをご存じだろうか。連載の今回は、バンコクから遠く地方都市で展開されている熱いデパート・プレーヤーたちの戦いをお伝えする。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

 

イサン地方の玄関口ナコーンラーチャシーマー県。古名「コーラート」が現在も通じるこの街が今回の舞台だ。県庁所在地のムアンナコーンラーチャシーマー郡中心部を走るミトラパープ・ノーンカーイ通り。多くの人々が行き交うこの辺りを中心として、今、バンコクに本社を置く大手百貨店が挙って進出計画を展開、熾烈な戦いを繰り広げている。

その主立ったものだけでも別表の通りとなる。バンコクに次ぐ第2位の人口約260万人を誇るこの地方都市に、2014年以降、タイの名だたる高級デパートが足場を構えようとしている。その呼び水となったのが、創業50年を超える老舗の地場百貨店クランプラザが発した前年8月の大規模な改築・新築計画だった。

タイで初めて鉄道が敷設されたのがバンコク~コーラートのルートだった。これによりバンコクとの結び付きが強まったとはされるものの、ドンパヤーイェン山脈などによって地勢的に隔てられクメール文化の色濃く残るこの街は、小売商圏としては独自の進化を遂げていった。地場百貨店のノリス・シティー、パタ・デパート、そしてクランプラザなどの隆盛がそれであった。

クランプラザの新たな開発計画は、向こう5年間で総額85億バーツを投じ、新たに1店舗を構え既存店についても大規模な増床を図るというものだった。東南アジア諸国連合経済共同体(AEC)の発足や、進出を画策する新興勢力に対する地場百貨店の防備となるはずだったが、大都市の巨大資本の反発は予想をはるかに上回った。

まずは1月、バンコクで老舗高級ホテルのドゥシタニホテルを経営するドゥシタニ・グループがコーラートで運営するドィシット・プリンセス・コーラートの隣接地に商業と住宅を兼ねた大規模な複合施設の建設計画を発表、戦いの火蓋を切った。翌月にはバンコク・アソークでターミナル21の開発に成功した中堅財閥ランド・アンド・ハウス・グループ(L&Hグループ)が52ライ(1ライ=1600㎡)の敷地に売場面積7万㎡の「ターミナル21コーラート」の新設を表明した。

同じ月には百貨店首位のセントラルグループが、イサン地方で初めてのセントラル百貨店となる「セントラル・プラザ・ナコーンラーチャシーマー」の建設を発表。総床面積25万㎡、投資総額は70億バーツ、地場資本への対抗意識は明らかだった。続いて、家具・事務用品大手のINDEXも東北部の旗艦店としてナコーンラーチャシーマー店の開店を決めた。

既に2000年8月に「ザ・モール・ナコーンラーチャシーマー」を出店していたザ・モール・グループも黙ってはいなかった。出店15年目となる14年8月、ナコーンラーチャシーマー店の大規模な拡張計画を発表。当初、最大15億バーツとしていた総事業費はその後、ライバルの動向に引きずられるように拡大し、最終的に42億バーツまで膨らんだ。駐車スペース3800台は地域でトップレベルとなり、後続の指標とされた。

これらの事業計画の多くは、14年半ばの軍事クーデターの発生によりスケジュールに若干の遅れが見られたものの、それを除けばほぼ順調に建設が進められている。ターミナル21コーラートは、開業までカウントダウンの状態に入ったとL&Hグループが発表。合わせて、同じ東北部のコーンケンにも新たに「ターミナル21コーンケン」が建設されることが明らかとされた。

セントラルグループの「セントラル・プラザ・ナコーンラーチャシーマー」も、建設地を当初のコーラート郊外リアンムアン通りから中心部の一等地ミトラパープ・ノーンカーイ通りに変更。総床面積も34万㎡に拡大、総事業費も100億バーツに膨らんで、17年中の開業を目指している。リアンムアン通りの用地も「市場の動向を見て、新たな商業用地を建設する」(セントラル広報)としてなお開発に積極的だ。

一方、こうした大手資本の積極的な動きを受けて、地場資本は一様に青息吐息だ。クランプラザは当初の事業計画を撤回。新店舗の建設と既存店の改修をともに無期限延期した。今なお再開の目途は立っておらず、主力店の2店舗を中心に細々と経営を続けるのみだ。その他のノリス・シティー、パタ・デパートなどはザ・モール・グループが進出した時点で経営難に陥り、店舗を売却するなど姿を消している。

現在、コーラートでは別表のデパート各店に加えて、TCCグループ傘下となった大手スーパーマーケットのビッグC、大手財閥CPグループのマクロなどの小売店が林立しており、もはや地場資本が生き残れる余地はない。そのうねりは、コーラート北部のコーンケンや東部のウボンラーチャターニーなどにも及ぼうとしており、勢いは止まるところを知らない。これまで小売市場で未開とされたイサン地方が、業界の新たな橋頭堡となる可能性は高い。(つづく)

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