タイ鉄道新時代へ

【第80回(第3部40回)】 中国「一帯一路」の野望・番外編2

習近平国家主席率いる大国中国で、南シナ海やマラッカ海峡を経ずにインド洋との交易路を確保するための国家政策「一帯一路」に、ラオスの中老鉄路からタイを通過するルートに加えて、ミャンマー国内を縦断するミャンマールートがあることは前回お伝えした。現在、雲南省の省都昆明と徳宏タイ族チンポー族自治州瑞麗市を結ぶ約620キロの区間では、昆明と途中駅の大理を結ぶ高速鉄道が運行を開始。瑞麗にかけても延伸工事が進められているほか、同じ区間で高速道路が先行開業している。習主席とミャンマーのアウン・サン・スー・チー国家顧問兼外相が合意したムセ・マンダレー鉄道が、中国・ミャンマー国境でこれに接続される見通しだ。

昆明―大理間の高速鉄道291.5キロが開通したのは2018年7月。高速車両の「和諧号」がすでに日常運行を始めている。瑞麗までの残り約330キロについても急ピッチで延伸工事が行われており、全線開業の予定は22年12月だ。ただ、この区間には大柱山トンネル(14.3キロ)と高黎貢山トンネル(34.6キロ)という2つの巨大トンネルが存在し、湧水や地熱などから工事は遅れ気味。特に大柱山トンネルでは工期を5年半と見ていたところ、10年を超えるとの公算が高まっている。  昆明を出た和諧号は、楚雄彝(イ)族自治州の山肌を最高時速200キロで走行し、最短で1時間52分後には大理市の新設されたホームに滑り込む。かつては南詔や大理国といった山岳国家が支配した「西南夷」と呼ばれた地域。中国政府は、辺境のこんな山奥にまで高速鉄道網の整備を進めている。  大理から先は南西に進路を取り、鉄路は一路ミャンマー国境の瑞麗の街を目指す。ここは、タイ族系ルー族であるチンポー族の居住区域。ミャンマー国内を流れる大河エーヤワディー(イラワジ)川の支流シュウェリ川沿いの切り立った谷に市街地はあって、標高は意外にも低い788メートル。1975メートルの大理から実に1100メートル以上も下ることになる。このため、高速鉄道の開業後この区間は、時速140キロを最高速度とすることが決まっている。

一方、昆明~瑞麗の区間は、2015年9月に完成の全長701.8キロの高速道路がほぼ平行して走行している。トンネルは60カ所以上、橋梁も約600あって難工事で知られた区間。完成まで20年を要した。総事業費は約350億元(約5300億円)以上。日本の明石海峡大橋の建設費とほぼ同じだ。  道路は、昆明で上海など各方面に向けた高速道路とも接続しており、いずれはラオスからタイへの乗り入れが有力視されているシーサンパンナ(西双版納)タイ族自治州に向けた高速道路へのアクセスも可能だ。ミャンマー、ラオス、それにタイを結んだ巨大国際道路網が、鉄道建設に先んじて中国南西部の国境地帯一帯ですでに完成しつつある。  さらに、昆明から大理の中継地点である楚雄市周辺の約110キロの区間では高速道路の拡張工事が行われ、現在の片側2車線から3車線への拡幅が間もなく終わる予定だ。新型コロナウイルスの感染拡大で遅延したものの、完成すれば慢性化しつつある渋滞が緩和され、ミャンマーに向けた物流の加速が期待されると建設当局者は目論む。

こうした中国国内の開発事情を受けて、国境のムセからミャンマー第2の都市マンダレーを結ぶムセ-マンダレー鉄道は計画がされた。ゆくゆくは南西部の港湾都市チャオピューに至る全長1000キロを遙かに超える長距離鉄道網へと展開される。習主席とスー・チー国家顧問が建設で合意した「ミャンマー中国経済回廊」の柱となる巨大プロジェクトだ。  どうしても鉄道に関心が向けられるが、両者の合意事項の中には、ムセとマンダレーとを結ぶ高速道路を念頭に置いた幹線道路の併設も盛り込まれている。高速鉄道と高速道路がセットで開発されることで、物流の勢いと利便性は加速度的に上昇する。さらには、ムセの南東部約100キロにある北東部シャン州チンシュエホーでも、中国に向けたもう一つの交易路の整備計画が持ち上がっている。計画に伴って下流地域でタイと国境をなすサルウィン川では、老朽化した全長4キロを超える橋の架け替え工事が必要とされている。シャン州一帯は赤い色の中国資本一色で染まることになる。  今年6月7日は、中国とミャンマーの国交樹立からちょうど70周年という節目の記念日となった。習主席とミャンマーのウィン・ミン大統領は祝賀のメッセージを交換し合い、両国の発展を相互に祈念した。その念頭にあるのは、ミャンマー中国経済回廊という同じ絵図で間違いはないだろう。ただ、その先の未来永劫まで等しく同じ「夢」があるかどうかは分からない。同床異夢という言葉もある。 (つづく)

 

2020年8月1日掲載

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