タイ鉄道新時代へ

【第89回(第4部5回)】 悲願の新線コーンケーン~ナコーンパノム線その5

2025年までの4年間を工期とするタイ国鉄新線のコーンケーン~ナコーンパノム線は、総事業費554億バーツ(約1890億円)の複線鉄道事業。2工区に分かれて工事が進められることは前回お伝えしたが、その公開入札が早くも年内に実施されることが確実となった。コロナ禍に対応した電子入札となる見通しで、必要な書類の見直しも行われることから迅速化が進み、順調に進めば来年にも本格的な工事が始まる公算が高い。奥イサーンに暮らす約600万人の人々にとって悲願の朗報で、タイ旧正月(ソンクラーン)など帰省時のすし詰めバスから開放される日も近くなった。いよいよ動き出した奥イサーン新線計画の連載は、今回がイサーン地方中部の都市ローイエットからメコン川ラオス対岸の街ムクダハーンにかけて。(文と写真・小堀晋一)

見渡す限りのクラーローングハイ平原を走る列車は、ローイエット駅を出発して間もなくの後、針路を45度ほど左方に切り替え、北北東に向け進むものと見られている。この先メコン川沿いの街ムクダハーンまでは約150キロの道のり。平原は地平線となって県境付近にまで広がっており、ここでムクダハーン県西端で尾根を形成するプーパン山地とぶつかる。  列車は、同山地の切れ目にある少しなだらかになった傾斜地に向け、切れ込むように走行するものと予想されている。このポイントを過ぎれば後は40キロ余り。メコン川の水流が長い年月をかけて削ったムクダハーンの台地をひたすら進行するだけだ。  この間、周囲は一面の田畑で、人家は限られるほどに少ない。街らしい街もなく、県庁のある市街地中心部から5キロ圏内までは真っ直ぐにレールが敷かれるものと予想される。駅舎等の施設は、民家が建ち並ぶメコン川沿岸を避け内陸部に建設される可能性が高い。少し離れるだけで建設候補地は無限に広がっている。

メコン川でラオスと向き合うムクダハーンは、古くはウドンターニー県が管轄権を有していた。その後、現在北方で接するナコーンパノム県の一部となり、1982年に初めて単独の県として独立した。県名は、仏陀の装身具を表すサンスクリット語の「ムクターハーラ」から来ているらしい。  県内の主な産業は農業で、コメやタピオカ、サトウキビ、果物などの生産量が多い。ただ、県庁のあるムアン・ムクダハーンの他に目立った都市は少なく、狭いエリアに全人口の4割近くが密集して暮らしている。  メコン川の対岸はラオスのサワンナケート県。古くから交易が盛んで、ラオス貿易の拠点としても機能した。ただ、この辺りはメコン川でも川幅が最も広く、1600メートルもある。このため、かねてより両岸を結ぶ橋梁の建設が求められてきた。  ムアン・ムクダハーンとサワンナケート県カイソーン・ポムウィハーン郡を結ぶ全長2050メートルの第2タイ・ラオス友好橋は、日本のODA融資資金によって2006年末に完成した。上下2車線の車道と歩道が整備され、ベトナムからラオス、タイ、ミャンマーの各国を東西に結ぶ東西経済回廊の一部をなす。同橋の完成によってこの地方の物流は大きく変化を遂げ、新たな輸送路の開拓も進んだ。

市街地に足を踏み入れると、高い建物が少なくどこまでも広がる牧歌的な様相に気付く。典型的なイサーン地方の田舎町だ。その中でも一際そびえ立つのが市街地南方にあるムクダハーン・タワーである。高さ50メートルの白亜の塔。地上からエレベータで上ると、360度全方位が見渡せる展望台に到着する。ここからの眺めはとにかく圧巻だ。  メコン川の向こうには、ラオス第2の人口を誇るサワンナケートの街並み。眼下の川面は水量が少ない時期になると、光の屈折の影響でコバルトブルールに移り変わる。180度反対を向けば、ローイエットから走行してきた鉄路とクラーローングハイ平原が地平に向けて広がっている。  こうした長閑な眺めと鳥瞰を楽しみ、この地で宿を取ってみるのもいいだろう。市街地にはこうした旅行者を受け入れてくれる旅の宿も随所に点在する。鉄道の開業によって、新たな旅人も増えることが予想される。(つづく)

 

 

2021年5月5日掲載

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