アジア 熱血機械人(下)

前号に続き、今回はベトナムと中国の凄腕機械人を紹介する。ベトナムはタイに比べ裾野産業が圧倒的に少ないことがネックとされる。だが、スクラップ同然だった日本製CNC機械を生き返らせ、それら再生機だけを使って日系大手企業向けにハイテク金型を製造する凄腕企業ホアン・グエン精密をホーチミン郊外のドンナイ省で発見した。新国際空港の建設が始まったロンタンにある会社で、日系金型メーカーが納期などの関係からこなし切れない金型などを引き受けることも多く、同社は少なくともベトナムにいる日系と同等の品質で生産できる会社だと評価されていることになる。

もう一人は上海で日系大手向けを中心に金型を生産する上海佳谷模具有限公司(上海市松江区)の創業者で董事長兼総経理の呉雪琴(ウー・シュエチン)さん。長年に渡って日本やアジア各国の金型工場も取材してきたが、女性が起業して育てた金型メーカーは同社の他には聞いたことがない。世界最大、数万の金型業界を抱える中国の金型業界でも稀有な存在。昨年11月にバンコクで開催されたMETALEXに中国から見学に来ていた呉さんと知り合い、ぜひとも工場を見させてもらいたいと願い、今回ようやく実現できた。

呉董事長は地元の高専で金型を専攻、昆山市で1万人以上の従業員を抱える台湾の大手金型メーカーに就職し、Pro/E(Pro/ENGINEER、現在の商品名はCreo Parametric)で3次元CAD設計などに従事。顧客の紹介で知り合った日本人の設計会社に2004年に入社し、2011年まで勤めた。2011年に独立して上海市松江に上海佳谷模具有限公司を設立し、日本人を含む従業員百数十名の金型工場に育てた。「いつか金型製造の特定の分野で中国を代表する企業として認められる強い企業になりたい。時間さえあればすべての見積りは私ひとりでこなせます」という金型のプロ中のプロだ。

写真・文 アジア・ビジネスライター 松田健

スクラップ状態の機械を生き返らせて金型生産

ホアン・グエン精密(HOANG NGUYEN PRECISION)社の創業社長で若手ベトナム人起業家であるボー・タン・ニャンさん(MR Vo Thanh Nhan)はホーチミンの短大で機械加工を学び、卒業するとベトナムに進出している台湾の金属加工メーカーに就職した。その後、ベトナムの中古機械販売の大手であるTATで1年半ほど働き様々な機械の修理を担当し、3次元のCAD/CAM(コンピュータ支援設計/製造)の勉強もしたという。その後、ベトナムに進出している日系企業で8年間働いてから、2007年に奥さんの実家の庭に現在まで続く工場を設立した。

ニャンさんは、動いている中古機ではなく、修理しようもなく壊れてスクラップになっているファナック製の放電加工機やファナックのMCを大量に仕入れてその制御盤さえ自ら修理して生き返らせてきた。自社工場ではそれらファナックの再生機だけを使ってベトナムの日系企業向けの金型を生産している。壊れているファナックの放電加工を1台数十万円ほどで仕入れ、それを自ら修理して自社工場の金型製造ラインに投入しているから競争力がある。直したファナックの機械の外販もしている。

現在のホアン・グエン精密の工場では、ファナックのワイヤカット放電加工機12台と同マシニングセンター4台などを稼働させて金型などを製造している。これらNC(数値制御)のすべてが、もとは修理できずに中古市場に出ていたスクラップ同然の機械で、それを自ら修理して使用している。ファナックの機械本体の故障に留まらず、壊れたファナックの制御盤の修理もホアン・グエン精密の工場内で行っている。もちろん、壊れた機械の中には修理不可能な部品があるケースもある。そのような場合、必要な部品を手にいれるために、もう1台、故障しているファナックの中古機械を買って来て、その機械から必要な部品を取り出して使うこともある。稼働している中古機械を購入したり、新品の部品を手に入れたりするよりも断然安くつくとニャン社長は説明する。工場を見学した時、このために一部の部品が外された3台のファナック機が置かれていた。

ニャン社長がファナック機に限って修理しているのは、「放電加工機ではソディック、三菱電機などの高価な機械は多いが、どの機械メーカーの装置にもそれぞれ制御を含む設計に癖があり、同じメーカーの機械の修理だけを手掛けていると直す方法が見えてくるから」と理由を語る。

ホアン・グエン精密では従業員23人で年50基ほどの金型を生産している。その内9割がベトナムに進出している日系企業向けで、順送金型で絞り用のプレス金型が得意。「日系企業37社が当社の主な顧客であり、様々な相談に来られます」とニャン社長。同社が金型を日系自動車組立工場に直接収めることはきわめて少なく、主な取引先は日系の電気部品のメーカーで、そこが日系の二輪や自動車の組立メーカーに収めることが多い。日系企業からの受注の半数は電気関係向けでプラグ用など。ホーチミンからさほど遠くはないカンボジアに一歩入ったバベットに進出している日系工場のプレス加工用にも金型を供給している。なぜ日本企業だけしか顧客にしていないのか。ニャン社長は「日本企業は技術的にきわめて厳しい注文をされることが多く、当社にとっても勉強になります。台湾、韓国企業はもっと安くと、値段のことばかり」と答えた。

 

女性社長率いる上海の金型企業 高品質生産でタイ進出も検討

中国ローカルの金型メーカーである上海佳谷模具有限公司(上海市松江区)は年300基ほど生産しており、精度が高く難しい金型をメインに手掛けている。金型の75%は中国で操業している日系大手の工場向けで、日本、アメリカ、メキシコの日系企業にも納入し、社内でのプラスチック製品製造の内製用が10%ほど。他にドイツ、米国などにも輸出、タイでも新規顧客を開拓している。

現在の上海佳谷模具の従業員数は金型部門が70人、成型部門が50人。優れた金型を製造するためには熟練のエンジニア、ワーカーが欠かせない。同社の定着率はかなりよいことも技術力が評価される背景になっている。創業者の呉雪琴(ウー・シュエチン)董事長兼総経理は「他社より高い給与を支払い、食堂の料理内容も他社よりよい内容にしている。この工場はかつて繊維工場だったので、敷地内に別棟の20室の従業員寮があり無料で入居できる」ことも従業員に人気があるという。

最近、中国製のERP(企業の情報管理統合システム)を一部導入、まずは電極の自動測定、放電加工機の半自動化を始めた。「今年中にはコスト計算などもERPで実現させていきたい」と呉董事長は計画している。さらに、一部工程にロボット導入を検討しており、2019年の初期には最初のロボットを導入する方向。これまで取り組んできた樹脂に加え、「プレス金型・金属プレスに2029年以降には参入したい」と呉董事長は考える。狙うのはプラスチックと金属との複合部品の生産。

上海佳谷模具はISO9001、ISO14001、IATF16949(TS16949)の認証工場で、日本人の営業部長が常勤している他、金型製造販売の経験豊富な2人の日本人アドバイザーとも契約している。品質への要求が厳しい日系の自動車向け金型生産が全体の85%を占めていることからも、同社の技術が評価されていることがわかる。家電、複写機などOA機器、高精度センサー(自動車用)、コネクター(自動車用)などの他、化粧品容器なども手掛けている。顧客はデンソー、オムロン、ミネベア、ソニー、富士ゼロックス、リコー、矢崎総業などの著名な日系大手の他、米国HPなど他の外資もある。長年の経験と技能が必要とされる「完全に密閉されているインサート金型」などの難しい金型生産を得意としている。金型の設計段階からサービスの一環として、顧客に提案するケースも多いという。

日欧で一流とされる機械、測定器を導入して製造。牧野フライス製作所の放電加工機4台とファナックの電極加工機を導入しており、EDMの加工精度は5ミクロン以内。CNC加工では牧野フライス製作所の「F5」2台を導入して仕上げ専用にしている。工作機械で使うチャックと切削工具は100%日本製を使用。ERPでは主軸の動きの情報の信号を送って分析しているが、「入力ミスを防止でき、不良品の発生も減らせる」(同)という。QRコードを積極的に利用し、電極加工での他、各チャックにQRコードを張り付けて入力操作を不要にしている。加工精度は3~5ミクロンが中心で2ミクロンにも対応、製品精度は20~30ミクロンも可能だが、50~100ミクロンが多いという。

初の海外への工場進出先としてタイを検討中で現地調査を進めており、バンコクで開催された「ものづくり商談会」などにも出展して情報を収集している。「ドイツで開催される産業見本市にも意識して参加しています。為替リスクの分散などからも、できればドイツを中心とした欧米企業向けと日系企業向けを半々の比率にしたい。日系企業向けの受注も伸ばしながらこの目標を達成したい」と呉董事長は構想する。

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