タイ鉄道新時代へ

【第74回(第3部34回)】中国「一帯一路」の野望その6

46回目の建国の日を迎える2021年12月2日当日に全線開業を予定しているラオス初の高速鉄道「中老鉄路」。中国雲南省の省都昆明から首都ビエンチャンを結ぶ全長1000キロ余りの鉄路は、同国始まって以来の最大規模の公共工事であると同時に、習近平政権の国家政策「一帯一路」の看板事業でもある。国内区間約414キロのうちトンネル部分が約198キロ、橋梁部分が約62キロを占める山岳鉄道は、森林の伐採からトンネルの掘削、橋梁部の建設、車両の導入までほとんどを中国に依っており、開業後の運営、保守点検も同国政府が出資する合弁会社が担う。中国一色はそれだけにとどまらない。地理的にも近い北部の古都ルアンパバーン(ルアンプラバーン)などでは、地域を挙げての中国からの観光客誘致にも邁進している。中老鉄路がもたらす現地の今をお伝えする。
(文と写真・小堀晋一/デザイン・松本巖)

2010年代の終わりを告げる昨年12月の半ば、中国・北京市内の外交施設では中国文化観光省の幹部が満面笑みでラオスからのゲストを迎えていた。壇上に立ったのはラオス情報文化観光相のキケオ・ハイカンフィトゥネ大臣と、国民会議を代表してパニー・ヤトウ国会議長夫妻ら。両国の外交関係締結60周年目にもあたる2年後の21年を、さらなる協力関係で迎えることで一致した。  両国政府が共催する通年イベント「Vist Laos China Year」は、中国人観光客をラオスへ呼び込むための催しで、前年に続く大規模開催。産業の少ないラオスにとっては、地続きで行き来できる中国からの富裕層観光客が落とすカネは喉から手が出るほど欲しい存在だ。18年にラオスを訪れた外国人観光客約410万人のうち中国人の占める割合は2割を占める約80万人。好調だった19年は通年で100万人が見込まれ、20年はさらなるハイペースでの上積みを目指す。  イベントは全土で実施されるが、特に力を入れているのが中老鉄路がはじめに乗り入れることになる北部のエリアだ。ルアンパバーン県では市街地の主要なレストランに中国料理のメニューを追加したり、人気の観光地の周辺に中国語の看板や標識を設置した。中国と接するルアンナムター県でも訪れる中国人観光客向けに、中国語での観光案内やお勧め情報の提供を開始した。

しかしそうだとしても、国民一人当たりの名目国内総生産(GDP)2566ドル(18年統計)は隣国タイのわずか3分の1。日本と比べると遥か15分の1以下のラオス経済。14億人の人口を抱える中国と比較しても4倍近い開きがある。これほどまでに貧しい国土に、総工費60億ドル(約6600億円)もの巨費を投じて長距離高速鉄道網を完成させたところで、国内にどれほどの乗客や経済効果があるのかは火を見るよりも明らかだ。  それでも中国は建設を止めようとはしない。ラオス政府もさまざまな援助をちらつかされる中で拒絶する術を知らない。なぜなら、中国政府にとってヒト・モノ・カネの一層のラオスとの結びつきは、世界の覇権を狙ううえで、影響力を確立するためには必要不可欠。大きくコストを支払ってでも、確保しなければならないからだ。  安価な賃金を想定したラオス国内の工業団地展開は、中国国内産業の衛星工場としての機能が見込めるし、メコン水系での一層のダム建設は逼迫する国内電力事情を支える有力な電力源となる。そして、3つ目の柱となり得るのが、21年12月に全通を迎える中老鉄路とルアンパバーンなどの新駅設置だ。その効果は遠くインドシナ半島全域を見据える。  「中老鉄路建設の狙いはずばり、中国経済へのラオスの取り込みと、タイやミャンマーなどを経由したタイ湾及びインド洋への進出だ」と話すのは地元紙の新聞記者。念頭の先には、ビエンチャンでメコン川を横断しタイ・ノーンカーイで接続するタイ中高速鉄道がある。ビエンチャンからそのまま国内を東に行けばカンボジアにも通じる。ここに、着々と進めてきた中国政府の一帯一路政策が見事に重なる。  こうした事態に関係各国はどのように対応しているかと見れば、事実上の軍の影響下にあるタイでは欧米諸国との力の均衡から従来以上に親密な関係が続いている。アウン・サン・スー・チー国家顧問率いるミャンマーも少数民族問題で国際世論の批判を浴び、一度は距離をとった中国に再接近を見せる。政権与党による支配が続くカンボジアでも中国資本によるインフラ整備が花盛りだ。盤石の体制にあるというより他はない。

ラオスを縦貫する大河メコンは、世界遺産にも登録されたルアンパバーンで大きく蛇行し、下流を目指す。中老鉄路は、その蛇行部分をナイフで鋭く切り取るようにトンネルが貫き、巨大橋で渡河をする。地元農業組合によれば、掘削後、環境影響評価にはなかった水脈の変更が見られ、稲作ができなくなった地域が出現した。だが、因果関係が立証されず、補償などは今もなされていない。地元が切り捨てられる構図は世界各地で見られるものの、ここでは報じられることすらほとんどない。(つづく)

 

20年2月1日掲載

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