タイ企業動向

第36回「関心高まるパーム油市場」

化石燃料からの脱却や地球環境への関心の高まり、アブラヤシの国内産業としての育成と農民保護の観点などから利用の拡大が進められているタイのパーム油市場。年間の生産量は約250万トンで、このうち約130万トンがバイオディーゼル燃料に、約90万トンがマーガリンなどの原料となる食用油に使われている(残りはグリセリンなど)。生産能力としてはまだまだ余裕があるものの、劣悪な労働環境や卸値の低迷などから、これまで劇的な生産拡大につながることはなかった。ところが昨今、政府が進める再生可能エネルギー施策などに伴って、パーム油の増産や市場への関心も高まっている。(在バンコク・ジャーナリスト 小堀 晋一)

タイで給油所ブランド「PT」を展開する大手石油販売企業「PTGエナジー」。南部プラチュアップキーリーカン県で今年6月、同社が本格稼働させたパーム油の複合工場「パームコンプレックス」が業界の関心を集めている。同県最南端のバーンサパーンノーイ郡にある1000ライ(1ライ=1600㎡)の社有地に建設された一貫生産工場。アブラヤシを原料にパーム油の精製に始まって、バイオディーゼル燃料「B100」や食用油の生産までを一元管理し、全工程をここでこなす。輸送費が発生しないことから大幅なコストカットも実現できるとする。

現在の生産量はB100が日量45万リットル、食用油が同20万リットル、精製グリセリンが同5.5万リットルなど。生産能力にはかなりの余裕があり、関係者によればB100換算でさらに200万リットル超の上積みが可能という。現在は全量をPTGの系列給油所に供給しているが、ゆくゆくはライバル他社へも出荷する計画も持つ。供給先には、タイ最大の国営石油会社PTTや政府系バンチャーク石油なども含まれており、PTGの取り組みがエネルギー市場を大きく変えていく可能性さえ指摘されている。

同社は、来たるべき再生可能エネルギー社会の到来から、化石燃料事業からの脱却を至上命題とする。現在8%に過ぎない非石油部門の売り上げを段階的に増やし、2022年までに最高60%まで拡大する方針だ。その中核と位置づけるのがパーム油由来のバイオディーゼル燃料というわけだ。年間の売上高についても、対前年比20~25%の増加が可能と試算している。

自動車向け等燃料市場へのパーム油の浸透も進んでいる。エネルギー省は11月1日から、軽油の標準品である「B7」に含まれるB100の混合比率をそれまでの6.6%から6.8%に引き上げた。自動車メーカーで作る団体からの合意は取り付けており、比率の上昇によるエンジンなど内燃機関や駆動機関への影響はないとしている。

混合率引き上げによりパーム油の消費量は年間6万トン余り増える見通しで、来年早々には6.9%への再引き上げも目指す。実現すればもう2万トンの消費量拡大となる。7.2~7.5%の混合率とした「B7プラス」の導入の検討も進められている。

燃料をより多く使用するバスや大型トラック、ピックアップトラックに対しては、さらにバイオディーゼル燃料の混合比率が高い「B20」の使用を求めている。すでに、いすゞはこの方針を受け入れ、新たな開発・研究をスタートさせた。コスト上昇分については政府が何らかの補償等を検討している。タイ・トラック協会も全面的に応じており、政府はB20の価格をB7より1リットルあたり3バーツ安くする措置を取った。

鉄道車両での導入も始まった。政府は、タイ国鉄で使用されるディーゼル機関車へ「B10」を使用することを決め、正式に通知した。当面は試験運行を行ったメークロン線の西線での採用となるが、成果によっては実験線をさらに増やしていく方針だ。将来的には長距離夜行列車にも活用していきたいとする。

政府がパーム油の積極採用を進める背景には、だぶつき気味で価格の下落を続けるパーム油の国内市場がある。9月時点の在庫は37万トン余で、通常の適正在庫の25万トンを5割前後上回っている。欧州などではパーム油規制が依然として行われており、輸出が伸びないことも大きく影響している。その分を国内消費で賄おうというのが基本的な戦略だ。

もう一つの大きな目的が、低収入であえぐ農民への救済措置だ。いずれも10月末時点で、パーム油1リットルあたりの平均価格17.5バーツ、B100の同22.52バーツに対し、農家が手にするアブラヤシの取引価格は1キロわずか3.15バーツ。収穫期に入った最近は、さらに下落が続き2.5バーツ程度まで落ち込んでいる。アブラヤシ生産の損益分岐点は3バーツとされており、増産する度に農家の赤字は増え続ける計算となる。こうしたことから、国内消費の拡大が優先事項となった。

マレーシア、シンガポールに続き、広大なアブラヤシ農園の広がるタイ。国内産業を育成していきたいとの狙いもある。特に南部は、ゴム生産に次ぐ巨大な市場を形成しており、産業の育成は治安の維持にもつながる。さまざまな思惑が絡み合ったタイのパーム油生産。当分はその行方に注目だ。

タイのパーム油をめぐる最近の主な動き
企業名など 概要
タイ発電公社(EGAT) 東部チャチューンサーオ県バンパコン発電所と傘下のラチャブリー県ラチャブリー発電所で、パーム油を発電燃料に使った発電を開始する計画を発表。これにより年間16万トンのパーム油を消費できると踏む。売電価格は据え置き、コスト上昇分は国とEGATが負担する。従来は、軽油や船舶・航空機の燃料として使われるバンカー油を使用していた。
いすゞ自動車 現地販社を通じ、タイ政府が販売推進を検討しているバイオディーゼル燃料「B20」に対応するための新たな研究・開発(R&D)費用の計上を表明。現行車両や中古車に対しても、B20の使用に耐えられるよう改良整備を施していくとした。いすゞはタイでピックアップトラックを積極投入しており、その全量はトヨタと首位を争うトップクラス。
バンコク大量輸送公団(BMTA)ほか 首都圏で路線バスの運行を担当するBMTAと長距離バスを手がける国営トランスポートが、B20を使った試験走行を開始すると表明。BMTAについては東部の商業施設「メガバンナー」と北バスターミナル「モーチット2」を結ぶ145番の路線バスに、トランスポートについてはバンコクと北部カムペーンペット、中部サラブリー、東北部ブリーラムの各地を結ぶ3路線で実施。
PTGエナジー アブラヤシの精製からバイオディーゼル燃料「B100」や食用油を一貫して生産する複合工場「パームコンプレックス」を南部プラチュアップキーリーカンに開設。一貫生産施設の稼働はタイでは初めて。輸送費の負担がないことから大幅なコスト削減を達成。バイオディーゼル燃料1リットルあたり2バーツ削減が実現できたとしている。
バイオディーゼル生産者協会 パーム油から製造するメチルエステル10%配合のバイオディーゼル燃料「B10」の投入を政府に要請。これにより年間50万トンのパーム油の原油が消費できると計算する。メチルエステルについても生産13社の稼働率は半分程度で、十分に余地があるとする。生産会社の中には、需要の増加を見込んで生産能力を拡大するための投資の動きもある。
タイ国鉄(SRT) バンコク西郊サムットサコーン県のバーンレーム駅とサムットソンクラーム県のメークローン駅を結ぶタイ国鉄メークローン西線33.75キロの区間で、B10を燃料とした列車の運行を決定。同路線は1日あたり4往復の計8便。メークローン東線のバンコク・ウォンウェンヤイとマハーチャイの区間31.22キロで試験運行を行ったところ問題なしと判断した。
OPGテック タイのパーム油メーカー。今後の需要の拡大を見越して、隣国ラオスでのアブラヤシ生産を拡大する。現在の1600ヘクタールを数年後には10倍とする計画で、得られるバイオディーゼル燃料も日産3万リットルから12万リットルに拡大すると読む。同社は7年前からラオスでアブラヤシ農園を手がける。環境意識の高まりなどから需要が増えるとみて増産に踏み切る。

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