2022年のタイ経済見通し ウィズコロナ下の景気回復へ

世界は「コロナとの共生」の時代に入った。タイ政府も景気回復と感染防止対策の両立を図り、観光業や輸出産業は徐々に好転している。タイ中央銀行(BOT)は、新型コロナの影響はあるものの、タイ経済は2021年第3四半期(7~9月)に底を打ったとの認識を示した。その背景として、ワクチンの接種拡大、政府の規制緩和、11月から開始した外国人旅行者の本格的な受け入れ再開などによって景気が回復基調に入ったことがある。その一方、エネルギー価格の上昇、新型コロナの新たな変異株の発生など、経済の不確実性は継続している。果たしてタイ経済は2022年も底堅さを維持できるのか。ウィズコロナ下における足元の状況と今後の見通しをリポートする。
文/Jeeraporn Thipkhlueb

投資申請は前年を上回る

スパタナポン副首相兼エネルギー相は11月3日、新聞社主催の経済セミナー「ブーストアップ・タイランド2022」で次のように述べた。

「コロナ禍は続いているが、タイへの投資価値は損なわれていない。21年1~9月に国内および海外の投資家がタイ投資委員会(BOI)に提出した投資申請額は前年同期比2.4倍の5,200億バーツだった。この金額は、20年通年の4,811億バーツを上回ったほか、19年同期も66%上回った。プロジェクト申請件数は1,273件で、これも前年同期の1,037件を超えた。政府は、BOIに提出される投資申請額が今後も上昇を続け、2022年の経済成長を牽引する重要な役割を果たすと考えている」

政府は、第一次S字カーブ産業(次世代自動車・部品、観光、電気・電子、農業・食品加工、石油化学・化学品)と新Sカーブ産業(デジタル産業、医療、バイオテクノロジー、オートメーション、航空)の両方において、新規投資を呼び込むために数多くの優遇策を講じてきた。スパタナポン氏は、22年は太陽光発電などの再生可能エネルギーを含むクリーンエネルギーに関する投資プロジェクトもさらに増えると述べた。その理由の1つとして、「電気自動車(EV)関連の外国投資をタイに誘致するためには、クリーンエネルギーが重要な役割を果たす」と指摘。同氏はまた、22年の政策について次のように述べた。  「政府は、裕福な外国人をタイに誘致するための新たな措置を推進していく。高度なスキルを持つ専門家や裕福な投資家を対象とした新しい長期滞在ビザプログラムを促進するために、すべての外国大使との会合を手配する予定だ。また、2022年の経済成長を支えるため、インフラプロジェクトへの継続的な投資や、輸出および観光部門の回復に引き続き力を入れていく。新型コロナの新たな感染拡大がなければ、2022年の経済成長率は5~6%になるだろう」

4D経済モデルへの転換

スパタナポン氏はさらに、タイは「4D経済モデル」に向かうべきとの認識を示した。これは、タイ経済を再び力強い回復に導く4つの機会を意味するもので、タイの企業家と外国人投資家の信頼を築くことを目的としている。4Dの内容は以下の通り。

1. Digitalization(デジタル化):デジタルインフラを推進し、プラットフォームシステムや様々なデジタルシステムを通じて、テクノロジーを巻き込んだビジネスを行うためのエンジンを持つ必要がある。

2. Decarbonization(脱炭素):脱炭素化はチャンスであり、チャレンジでもある。今日の気候変動から世界のルールになっており、世界最大の経済規模を誇る欧米諸国の4分の3以上が温室効果ガスの排出削減に合意している。プラユット首相は11月1日、英国で開催された国連気候変動枠組み条約締約国会議(COP26)に出席し、タイの気候変動対策への取り組み強化を表明。新たな目標として、2050年に「カーボンニュートラル」、2065年までに「ゼロエミッション(排出ゼロ)」の達成を目指すと述べた。

3. Decentralization(分散化):企業の生産拠点が分散していることを利用した経済モデルで、タイにとってもチャンスとなる。チャイナプラスワンに加え、貿易戦争のリスクを軽減したいと考えている大手企業を誘致する。また、コロナ禍のような事態が起こればサプライチェーンにも大きな影響が出るため、第2の生産拠点を持つことは非常に重要であり、インフラの整ったタイはその最有力地となる。

4. De-risk(リスク軽減):リスク軽減戦略を引き続き実施し、タイのおいしい料理と世界クラスの公衆衛生サービスをアピールし、世界的な才能と投資家の第二の故郷として発展することを目指す。

大型プロジェクトを推進

タイ政府は経済を上向かせるために、投資に適したエコシステムの構築を進めている。特にインフラ整備への投資で産業の高度化と景気の浮揚を図っており、バンコク首都圏では都市型鉄道網建設が着実に進んでいるほか、各都市を結ぶ高速鉄道や複線鉄道も着工している。バンコクと東北部ノンカイを結ぶ「タイ中高速鉄道」は、将来的には中国の経済圏構想「一帯一路」の一部となる(28年に開通予定)。この路線が、中国国境とラオスの首都ビエンチャンを結ぶ「中国ラオス鉄道(中老鉄路)」と接続すれば、タイの首都圏と中国が鉄道でつながる。タイが推進する東部経済回廊(EEC)と中国の「一帯一路」の連結がもたらす経済効果は計り知れない。

政府はバイオケミカル産業の投資誘致にも力を入れている。タイ投資委員会(BOI)は21年5月、生分解性プラスチック素材のポリ乳酸(PLA)を生産する米ネーチャーワークスの投資事業を認可した。同社は150億バーツを投じて北部ナコンサワン県にPLA生産工場を建設する。年産能力は約7万5,000トンで、24年稼働の予定。製品はティーバッグ、コーヒーカプセル、食品包装材などに使用される。タイは植物由来の生分解性プラスチックの生産に適しており、原料となる農産物の豊富さや物流網、地理的優位性は大きな強みだ。

また政府は、温暖化ガスの排出量を実質ゼロにする「カーボンニュートラル」を目指す目標を掲げている。これは世界の75%の国の立場と一致しており、外国人投資家がタイへの投資を検討する際の重要条件となる。現在、各国で炭素排出の見える化が進み、カーボンプライシング(炭素の価格付け)が導入されている。もしタイでの製造過程でCO2等の温室効果ガスが排出されると、タイから輸出される製品に課税されたり、貿易障壁になったりする。世界各国が脱炭素社会に向けて動き出したいま、環境対策の強化は投資誘致に欠かせない要素となっている。

「タイは最も苦しい時期を脱した。2022年も引き続き、外国人投資家を積極的に誘致していく。私たちが作った環境を、世界の社会動向に沿った新しい文脈で丁寧に説明し、理解してもらうことが重要だ。タイ経済は新しい状況下で以前よりも骨太になり、官民ともに躍進するだろう」(スパタナポン氏)

財務省の経済再生戦略

アーコム財務相は11月15日に開かれた財界セミナーで次のように述べた。  「コロナ禍の影響により、2021年通年のGDP成長率は1%前後となるだろう。コロナの第2波、第3波の到来を受け、政府は国民への影響を最小限に抑え、経済活動を維持するために様々な支援策を継続的に講じてきた。おかげで多くの産業が持ちこたえた。バーツ相場が輸出に有利な方向に向かったことで、輸出部門も21年は17%増となる見込みだ。観光部門については、プーケットで先行実施されたサンドボックス制度から11月の本格的な開国に至り、明るい兆候が見え始めている。外国人観光客は、2022年には800万人となり、コロナ感染拡大前の4000万人の水準に戻るのは2024年になると予測している。まだ回復には年月を要するが、これは受け入れねばならない事実だ。今後、政府が行う施策は、新型コロナのパンデミックの影響緩和を伴うものとなる。外需依存度が高いタイにとって、輸出は最も重要な経済の牽引力だが、今後はそうした構造を見直し、内需主導型に転換すべきだろう」

アーコム財務相は、2022年のGDP成長率は4%になるとの見通しを示した。競争力のある輸出部門も底堅さを維持する見込みとし、デジタル関連プロジェクトを含むインフラへの投資を加速させると述べた。

「コロナ禍により、電子産業は深刻な材料不足に直面している。これは、タイが電子産業の世界的なサプライチェーンになるためのチャンスだ。従って政府は2022年、タイ経済を牽引する原動力となる電子・デジタル事業への投資を加速させる。その他、国の競争力を高めるために、都市鉄道、高速鉄道、再生可能エネルギーなどへのインフラ投資も積極的に行っていく。そのために3兆7,000億バーツ規模の経済対策を実施する予定だ。タイ経済は、東部経済回廊(EEC)を軸に今後も順調に拡大していくだろう」

東部経済回廊(EEC)は、東部3県(チョンブリ、ラヨーン、チャチュンサオ)にまたがる経済特区(SEZ)で、電気自動車(EV)や医療、航空、ロボットなどのハイテク産業や陸海空インフラの一体的な開発が進められている。EEC事務局によると、現在、EECの大型インフラ整備事業4件による政府の利益は2,000億バーツ以上に達しているという。4件は、バンコク近郊などの3空港を結ぶ高速鉄道、ラヨーン県のウタパオ空港拡張、ラヨーン県のマプタプット港第3期拡張事業、チョンブリ県レムチャバン港の第3期拡張事業。全て官民連携(PPP)方式で実施され、4件のプロジェクト事業費は総額6,550億バーツ(政府が2,390億バーツ、民間が4,160億バーツを負担)。EEC事務局のカニット事務局長は、「2022~26年にかけて年間平均5,000億バーツ以上の投資を誘致するため、インフラ整備を計画通りに進める」と述べた。

政府は、タイを電気自動車(EV)の生産ハブにし、2030年までに国内の自動車生産に占めるEVの割合目標を50%としている。そのため、EV普及の鍵となる充電設備やバッテリーの生産を強化している。バッテリーの生産能力拡大の動きでは21年12月、バイオディーゼルや発電事業を手掛けEVの開発も行うエナジー・アブソルートが、東部チャチュンサオ県でEV用バッテリー工場を開所した。投資額は約60億バーツ。リチウムイオン電池を生産し、電気バスの組み立て生産事業に活用する。当初の年産能力は蓄電能力で1ギガワット時(GWh)相当とし、将来は増強する。

金融市場の新たな動きとして、仮想通貨への投資熱の高まりがある。低金利が続く中、高収益を求めて取引を始める投資家が増えており、カシコン・リサーチ・センター(KRC)の調査によると、仮想通貨の取引口座は137万9,373口座となった(21年9月時点)。口座数は株式市場の半分に満たないが、伸び率は大幅に上回っている。KRCが民間企業の高所得な従業員を調査したところ、69%が仮想通貨を知っていると回答。このうち52%は投資に関心があると回答した。こうした中で、仮想通貨に関する法的枠組みも整備されつつある。タイ中央銀行は12月1日、仮想通貨の決済手段としての利用を規制する方針を明らかにした。物品・サービスの決済手段としての利用を制限し、リスクを減らすための指針を導入する方針だ。その理由として、仮想通貨は相場が不安定な上、サイバー詐欺や個人データの漏出、資金洗浄(マネーロンダリング)などのリスクがあるからだと説明した。規制が強まる一方、仮想通貨での支払いに対応する住宅開発や小売りなどの大手企業が相次ぐなど、同分野は拡大傾向が続いている。

コロナ禍により人々の収入は損なわれたが、21年後半から状況は徐々に改善している。国家経済社会開発委員会(NESDC)は、21年通年の実質成長率は1.2%と予測した。8月時点では0.7~1.2%としていたが、9月以降の行動制限の段階的な緩和や、11月の外国人観光客の受け入れ再開により景気が回復すると見込んだためだ。

アーコム財務相は、「1997年のアジア通貨危機では経済回復までに2年間を要したが、今回のコロナ禍からの回復はそれよりも早い。外国人観光客による支出(GDPの11%)が減った分は、輸出や国内消費による収入で相殺されている」と述べた。

日本貿易振興機構(ジェトロ)が11月30日に発表した海外の日系企業調査によると、新型コロナの影響からの回復が進み、21年の営業黒字を見込むタイの日系企業は6割を超えた。今後1~2年に事業拡大を計画する企業も4割を超えた。21年の営業利益の見通しは、「黒字」が62.6%、「赤字」が21.8%、「均衡」が15.5%。「黒字」は昨年比で21.9ポイント上昇し、世界平均と同率だった。ジェトロは全体の調査結果について、「世界的に日系企業の業績は上向いているが、回復の勢いは力強さを欠いている」とし、「半導体やコンテナの不足など経済活動再開に伴うサプライチェーンの混乱が広範な業種に影響を与えている」と指摘した。

コロナ後のタイ経済

タイ開発研究所(TDRI)のソムキアット所長は、コロナ後のタイ経済について次のように述べた。  「各国が同時にコロナ後の世界に到達することはない。それはワクチンの接種状況が国により異なるからだ。タイもワクチン接種を進めており、22年中には全人口が接種できるだろう。世界的に見れば、タイは比較的早めにコロナ後の世界に入れると思われる。ただし、コロナ後のタイには問題が山積みだ。コロナにより多くの企業が倒産し、人々が職を失った。社会経済が停滞した影響は深刻で、失業や収入減から抜け出せず、取り残される人たちは多い。コロナ前は1%程度と低かった失業率も、コロナ流行後は2%にまで上昇した。所得再分配が有効に機能しなければ、格差拡大への対処も困難となる。経済格差の拡大は、国民の不満を高め、社会不安につながる。国や個人の借金も増える一方だ」

政府は公的債務残高の対GDP比の上限を60%から70%に引き上げた。これは、新型コロナの感染拡大によって経済を下支えするための財政出動が続き、債務の残高が上限に近づいたからだ。しかし経済が回復すれば、より多くの税金を徴収できるため、公的債務は大きな問題ではない。それよりも懸念されるのは、コロナ禍で一段と深刻化した家計債務問題だ。家を買うための借金、車を買うための借金、さまざまな個人事業を行うための借金など。経済の回復が遅れた場合、これが大きな問題となる。政府の経済支援策により、短期的に個人消費は持ち直したとしても、中長期的には家計債務の増大が個人消費の重石となる可能性が高いからだ。

加えて、少子高齢化の問題もある。国連によると、タイは22年に高齢化社会(総人口の14%が65歳以上)に入る。さらに27年から人口は減少に転じ、35年には65歳以上が21%以上を占める超高齢化社会が到来する。少子高齢化における最大の問題点は、15~64歳の生産年齢人口が減少することによって経済成長にブレーキがかかることと、社会保障の負担が増えることだ。そのため、研究開発(R&D)の推進や積極的な設備投資、高度人材の育成、より付加価値の高い部門への人材の移行など、生産性の向上が強く求められる。

ソムキアット氏は、タイの上場企業の成長率について、ICT(情報通信技術)など大きく伸びるはずの業種が平均以下の成長に留まっているほか、観光関連も外国企業に比べ遥かに低水準だと指摘。「タイは観光依存度が高く、経済再建には外国人旅行者の受け入れが不可欠だ。しかし、ワクチン接種が遅れていることもあり、回復にはまだ時間がかかる。また、タイを訪れる外国人旅行者数の最多を占める中国は、出入国規制の緩和に慎重姿勢だ。世界の旅行業界において重要な中国人観光客が再び海外に向かうことが、タイの観光回復にもつながるだろう」と述べた。

コロナ禍による不動産業への影響も大きい。不動産仲介大手の米系CBREタイランドが発表したオフィスビル調査によると、21年第3四半期のバンコクのオフィスビル空室率は11.9%に上昇した。同社は、新型コロナの影響で需要が鈍化したことが背景にあると分析した。また、不動産仲介の英系ナイトフランク・チャータード(タイランド)によると、21年第3四半期のバンコク首都圏のコンドミニアム発売戸数は2,312戸にとどまり、昨年同期比70.8%減少した。同社は、コンド発売戸数の激減について、新型コロナ対策の規制強化が背景にあると分析した。同時に、規制緩和によって第4四半期から住宅市場は好影響を受けると予想した。タイ政府住宅銀行傘下の不動産情報センター(REIC)は、タイの住宅市場は2023年にコロナ流行前のレベルに回復すると予測している。

2022年のタイ経済の全体像が政府の期待通りの方向に進むかどうかは、今後も注視していく必要がある。最も重要なのは、新型コロナの再流行を最大限に防ぎつつ、経済活動と所得を回復させることだ。景気のさらなる悪化を防ぐため、政府は必要な予算を迅速に執行する必要がある。

2022年1月1日掲載

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