首位転落の危機⁉ ゴムのプロが語る 世界最大の天然ゴム生産国タイの展望

現在、世界の天然ゴム生産でタイは年450万トンと他国を圧倒している。2位のインドネシアは年産320万トン。だが、伊藤忠で天然ゴムを長年担当してきた一ノ瀬利明氏(現在は世界最大手の天然ゴム会社のアドバイザー)によれば、「それほど遠くない将来、タイはインドネシアに追い抜かれる可能性がある」という。

戦前から25年ほど前までは、金額ベースでマレーシアが世界最大の天然ゴム生産国で、世界シェアの3割を持っていた。その後タイが台頭し、タイの天然ゴム輸出が自動車を上回った年(2010年)もあったが、近年、市況の大幅下落からタイの天然ゴムは輸出金額ベースでは低迷している。一方でインドネシアが生産拡大と価格競争力で輸出を急速に伸ばしている。

カンボジアも年14万トンを生産しており、ラオスにもベトナムや中国経営のゴム農園などがある。一ノ瀬氏は「伊藤忠のタイ駐在員時代にミャンマーに天然ゴムの買い付けに行った時は、確か年7~8万トンの生産高で、30年後の現在も15万トン程度だが、ゴムの植林を進めている。タイ周辺3カ国で現在約40万トンの天然ゴム生産は、今後5年以内に年100万トンに向かう」と予想している。

タイのゴムの価格競争力が落ちた理由の一つは、タイ政府が天然ゴムの輸出業者にかける税金。「植え替え促進税」で最近、税率は1キロあたり2バーツに固定された。タイ政府は補助金を出し、タイのゴム園を樹液が多く出る若いゴムの木に替えることで天然ゴムの競争力を高めてきた。だがゴムの価格が暴落した上、競合するマレーシア、インドネシアにはゴムの輸出税などは無く、ベトナムも2年前からゼロにした。タイの輸出業者はキロあたり2バーツもの負担が課せられて競争力を失っている。主要産地の南部で安い労働力の確保が難しくなってきている問題もある。

アジアジャーナリスト 松田健

長期的に下落傾向が続く天然ゴム

天然ゴム相場はシンガポールと上海の商品取引所と東京商品取引所で日々の相場が決まる。乱高下が激しく、日々2~5%も変動している。シンガポールの商品取引所はシンガポール証券取引所(SGX)内に吸収されている。SGXによる近年の天然ゴム相場最高価格は2011年2月に記録したキロ600米セント(6米ドル)だが、その後2016年2月に107セントの大底を経て、今年2月までに230セントまで戻した。そして2月以降は上下しながら9月に150セントほどになっている。国際商品が全般に調整期間に入った2012年以降は、天然ゴムも一時的に値上がりする時期があったが、結局は長期的に下落傾向が続き生産者(農民)の生産意欲が減退した。一方で農民団体はタイ政府に対して市況対策を要求している。

戦前は自動車や航空機のタイヤはすべて天然ゴムで製造され、合成ゴムは存在しなかった。しかし戦後から1970年までは合成ゴムが伸びて全体の70%を占めるまでになったが、現在までに天然ゴムが40%に増えている。これは天然ゴムの70%がタイヤ、10%がタイヤ以外の自動車部品で、計80%が自動車産業向けである影響。乗用車用のタイヤは品質を安定させやすい合成ゴムを使うケースが7~8割ある一方で、トラック・バス向けは天然ゴムが7~8割を占めるのは、悪路を走る際の衝撃に対する破壊強度、および、タイヤ内部に使われているスチールコードとの接着性が合成ゴムよりも高いため。

タイの天然ゴム業界が抱える問題点について一ノ瀬氏は「日々の相場が大きく変動する中、ゴム工場では原料を買い入れ、そして輸出、出荷する時も原料としている。だからゴム工場で付加価値をつけることは難しい。15%ほどのプロセスコストしかなく、製造業というよりもトレードのようなもの。しかもタイの大中小のゴム工場のオーナーは華人で家族経営。競争会社と横並び意識から過当競争を繰り広げるばかりで、業界再編などで大きな会社を作って他国と競争しようなどといった考えが浮ばない」と解説する。

タイ政府は天然ゴムの価格安定のための市場介入などを行ってきたが、一ノ瀬氏は「タイが天然ゴム生産で世界をリードし続けるためには、むしろ天然ゴム需要の拡大に軸足を移すべき」と提言する。タイには世界的なタイヤメーカーがすでに進出している。同氏が考えるのは天然ゴムの大手ユーザーでもあるタイヤメーカーのタイ投資をさらに誘い、既進出メーカーの拡大投資も得てタイをタイヤの輸出基地へと発展させること。そのために政府には「魅力ある優遇策を拡充して欲しい」と一ノ瀬氏。さらに「天然ゴムの現在のタイ国内消費は年60万トンだが、これを120万トン以上にする計画を立てていただきたい。そうすれば天然ゴム生産の30%が国内需要となり、他国との過当競争も減少する」と語る。

これまでのタイの天然ゴム産地は南部が主だったが、最近では北部での生産が増えている。現在、一ノ瀬氏が上級アドバイザーを務め、年間150万トン、世界シェア12%という世界最大規模で天然ゴムを生産しているSri Trang Agro 社も8,000ヘクタールの直営農園を北部に保有している。タイ大手財閥であるCPグループも北部に進出して天然ゴムの生産も始めた。

タイは中進国となりゴム農園で働く労働者が少なくなった。南部のゴム農園で働く人の半分以上がミャンマーからの出稼ぎ労働者に代わっている。2016年2月にゴム価格がキロ107セントに暴落した時、収入が減ったミャンマー人が帰国してタイの天然ゴムの生産意欲も急速に低下した。

ゴム界でも強まる中国の影響力

一ノ瀬氏によれば、中国が多少高くてもタイ産のゴムを買い続けているのは、他国のゴムより品質が良いからだという。近年、自動車メーカーではタイヤの原料の天然ゴムの仕入で川上の農園までトレースできるサプライチェーンを求めている。世界最大のゴム消費国である中国は南部の雲南省でゴム栽培をしているが、季候条件が悪いので品質が悪い上に生産コストも高いという問題がある。

タイのゴム業界は最大手Sri Trang Agro社のほか大手が5社ほどある。タイゴム協会(TRA)という業界団体に約40社が加盟し、Sri Trang Agro 社が会長会社。一ノ瀬氏の説明では、東南アジアの天然ゴムメーカーはマレー連邦時代のシンガポールにあったLee Rubber社が圧倒的存在で「キングオブラバー」と呼ばれていた。同社はタイにも進出してTeck Bee Hang社を設立、インドネシアにも進出した。そのタイのTeck Bee Hang社で役員や幹部社員をしていたタイ人が退職して3社を起業した。最大手がSri Trang Agro 社で、タイの天然ゴム業界で初のタイ証券市場への上場会社。その後Thai Rubber Latex Corporation社も上場した。Teck Bee Hang社出身のタイ人が始めたVon Bun Dit社がタイで2位。同3位のSouthland社も成功している。

Lee Rubber社やTeck Bee Hang社は近年、中国のシノケムという国営企業に買収された。タイのThai Hua社という大手も中国の省営企業に買収され、インドネシアのある大手ゴムメーカーは現在、中国の海南島の企業が買収交渉を進めているという。中国は天然ゴムを45万トン備蓄しているとされるが、中国の国営企業が資金力にまかせて東南アジアの天然ゴム生産でも恐れられる存在になってきている。

一ノ瀬氏によれば、15世紀の大航海時代、コロンブスが航海したハイチ島で子供が飛び跳ねる物体で遊んでいる姿を見て、それが樹液から作ったものだと知ったことが天然ゴムの最初だと言われている。それから約300年の後にあたる18世紀後半の産業革命、1769年には(蒸気機関の)自動車が登場したことを契機に天然ゴムの需要が急速に伸び始めた。

生ゴムに硫黄などを加えて熱してゴム分子を結合させ弾性、強度などが増す加硫方法を1839年に米国グッドイヤー氏が発見、1843年には英国のトーマス氏がその加硫技術を確立した。1876年以降には英国が植民地支配したスリランカ、マレーシア、インドなどでゴムの植林が開始され、マレーシアの華僑を通じインドネシア、タイにも伝わった。

そして現在までにタイ・インドネシア・マレーシア、ベトナム、ラオス、カンボジアなど東南アジアで世界の天然ゴムの80%をも生産するようになった。天然ゴムの植林条件としては多雨で、しかし水はけがよく、台風が来ない、そして安い労働力が豊富な場所が必要で、東南アジアを中心にして世界の天然ゴムが発展してきた。

一ノ瀬氏は1949年生まれで1972年に伊藤忠商事に入社して物資部ゴム課に配属、タイ駐在時代(1985~91年)も天然ゴムを中心に担当し、日本に戻ってからは伊藤忠のセラミック関係の子会社の社長なども歴任した。2009年からは伊藤忠グループが経営しているインドネシアの天然ゴム加工工場およびタイの天然ゴムメーカー2社とシンガポールで設立した合弁の販売会社の社長も務めた。伊藤忠を退いた2013年からはSri Trang Agro 社のオーナーに請われて同社の上級アドバイザーを務めている。

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